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泌尿器がん: 精巣がん
精巣がんとは
精巣は、男性ホルモンを分泌すると同時に、精子をつくり生殖を可能にする臓器です。男性ホルモンを産生するのは、ライディヒ細胞、他方、精子をつくるもとになるのは精母細胞と呼ばれています。精巣に発生する悪性腫瘍のほとんどは、この精母細胞から発生するものです。
発生頻度は10万人当たりおよそ1人で決して多くはなく、男子の全腫瘍の1%程度ですが、15~35歳の男性においては最も多い悪性腫瘍です。精巣がんの確立したリスク要因は、停留精巣の既往とされています。停留精巣を持つ男性の精巣がんリスクは、そうでない男性の3~10倍と報告されています。また片側の精巣がん者は、反対側に精巣がんが発生する頻度は20倍以上とされています。当院では年間15名前後の新患の精巣癌症例を治療しています。
症状
多くの場合は無痛性の陰のう内の腫大です。10~30%では下腹部の重圧感や鈍痛を伴うこともあります。稀ですが女性化乳房を認める時もあります。
精巣に痛みがあるときは精巣上体炎や精巣捻転など他の病気の確率が高いようです。
診断
触診にて少し重みのある硬い精巣を触れます。反体側の正常な精巣と比較すると分かり易いです。しこりが小さい時には、超音波検査で精巣内の様子を観察します。超音波でも診断が難しい時にはMRI検査を追加しています。
精巣原発の胚細胞腫瘍の診断において、腫瘍マーカーの役割は非常に重要です。腫瘍マーカーとは、腫瘍細胞が産生する物質で、腫瘍の種類や量を知る目印になるものです。腫瘍マーカーには、αフェトプロテイン(AFP)、HCG-β、LDHなどがあり、この腫瘍マーカーの種類と存在する病理組織像の間には相関があります。ただし、すべてのタイプの腫瘍が腫瘍マーカーを産生するわけではありません。
原発病巣の診断が確定したら、次に転移の有無に関する診断を開始します。精巣に発生した腫瘍は、他臓器にみられる悪性腫瘍と同様に、原発臓器(精巣)にしばらく限局して増大し、やがて転移します。多くの場合、最初に転移するのは腹部大動脈周囲のリンパ節で、精巣からリンパ管を経由して転移します。血行性には肺、さらに肝臓、脳などに転移します。胸腹部CTときにはMRIなどにて診断されます。脳転移についてはMRIあるいは、脳CTが実施されます。
精巣がんの病理組織像による分類
精巣がんは、顕微鏡で観察した病理組織像により下記のように大きく2つに分類されます。
1) セミノーマ(精上皮腫)
セミノーマの像からのみ成り立っている場合
2) 非セミノーマ
次の中から、少なくとも1種類が構成成分の中に見られる場合
胎児性がん、卵黄嚢腫、絨毛がん、奇形腫
セミノーマと非セミノーマの分類は、その後の治療方針を決定する上で非常に重要です。その理由は、セミノーマでは抗がん剤を投与する化学療法と放射線療法がともに有効で、他方、非セミノーマでは化学療法は有効ですが、放射線療法は有効でないからです。
組織学的分類では、当院ではセミノーマが約63.8%、非セミノーマが35.7%です。非セミノーマの中では胎児性がんが5.2%、奇形腫3.0%、絨毛癌0.4%、卵黄嚢腫0.4%、複合組織型26.1%です。不明0.7%です。
病期(ステージ)分類 病気の進み方の分類
I期
腫瘍が原発病巣に限局して存在している場合をいいます。
II期
横隔膜以下のリンパ節転移、つまり腹部大動脈、大静脈周囲のリンパ節だけに転移している状態をII期と定義しています。このII期を、さらにリンパ節のサイズにより、5cm未満の時をIIa期、5cm以上の時をIIb期と細分類しています。
III期
転移が縦隔リンパ節または鎖骨上のリンパ節にまで認めれた場合をIIIa期、肺に認められた場合をIIIb期、さらに肝や脳転移が認められた場合をIIIc期としています。
(特殊なものに性腺外胚細胞腫瘍という類似腫瘍があります。縦隔、後腹膜腔、仙骨尾骨部、松果体などに発生し精巣腫瘍と同じ組織型を示すが、精巣には腫瘍を認めない疾患です。治療はステージⅢ期の精巣腫瘍と同じ治療を行います。)
当院の各病期別(ステージ)別治療法
I期
病巣のある精巣を摘出します。術後、通常はそのまま何もしないで経過を観察します。CTなどで転移がないとされても10~20%では目に見えない転移がすでにあって、そのような場合は1~2年以内に大きくなって再発として認識されるようになります。以前当院では再発を予防するための放射線治療や抗癌剤の投与を追加していた時期もありましたが、現在ではマーカーチェックと数ヶ月に1回のCTの検査にて経過観察することで、早期発見・早期治療をすれば、再発症例でも根治率がほぼ100%と良好です。
当院の治療成績では、Ⅰ期のセミノーマでは7.5%、非セミノーマの方では25%の方に精巣摘出後に再発を認めています。再発を認めてからの治療でも、確実に定期観察を続けた方は100%の生存率です。
IIa期 -病理組織像によって方針が異なります。-
(1)セミノーマ
転移が一度確認された時には、すでに病気が全身に拡がっている可能性も考慮して、多くは抗がん剤による全身的化学療法が選択されます。2~4コースの化学療法により、CT上腫瘍が消失し血液検査でのマーカーの値が正常化すればほぼ治癒の状態が得られます。セミノーマでは、放射線療法が有効であること、比較的に肺、肝、脳転移などの血行性転移が少ないことから、局所療法ではありますが、放射線療法のみでも十分に根治が期待され、放射線療法のみで終了することも可能です。また抗癌剤治療1~2コースに外来放射線治療を選択する患者さんもいます。 いずれの治療法でも95%以上の根治が可能ですが、放射線療法のみではやや成績が劣り、また放射線治療により10年、20年後に他の臓器のがんが発生する頻度が少し高くなるという報告もあり、現在では化学療法を第一選択にしています
(2)非セミノーマ
非セミノーマでは放射線療法があまり効かないので化学療法が第一選択となります。 シスプラチンという抗がん剤の登場で治療成績が飛躍的に向上し、90%以上の症例で外科療法との併用で根治が期待されるまでになっています。現在ではシスプラチン、エトポシド、及びブレオマイシンの3剤併用(BEP療法)を1コース/3週間で3~4コース施行するのが第一選択となっています。腫瘍マーカーが正常になるのを待って、2cm以上の残存腫瘍があれば摘出します。
2cm以下の腫瘍が残存する時には経過を観察しますが、悪性細胞が残っている可能性があります。 生き残った悪性細胞は再発時に化学療法抵抗性であることが多く、根治を得る確率が低下します。そのため、転移があったとされるリンパ節の部分を手術によりきれいに郭清すること(後腹膜リンパ節郭清術)を勧めることもあります。
約20~40%を占める奇形腫は、抗がん剤では死滅しないので画像上残ります。マーカーの正常化が得られて画像上残っているものは奇形腫と考えられ、手術で摘出するしかありません。
IIb期以上、III期
病期が進行すると病理組織像によらず(セミノーマでも非セミノーマでも)BEP療法による化学療法が選択されます。化学療法の目標は画像上腫瘍の縮小が止まるか、マーカーがあればマーカーの正常化で、その後可能な限り初期病巣をすべて郭清することがすすめられます。脳転移の時には放射線治療を勧める時もあります。
しかし20~30%の方は、3~4コースのBEP療法にてマーカーの正常化が得られないこともあります。その場合には一般的にはビンブラスチン、イフォマイド、及びシスプラチンの3剤併用療法(VeIP療法)またはタキソール、イフォマイド、及びシスプラチンの3剤併用療法(TIP療法)が次の手(2nd line)として控えています。2nd lineの治療で不十分な場合にはイリノテカン、ネダプラチンの2者併用療法が3nd lineとして行なわれますが、確立したよい方法とは残念ながら現在のところいえません。救済化学療法としては大量化学療法や新規抗がん剤などの治療が試みられています。しかしいまだ確立したものではありません。
またマーカーが正常化していなくても、やむを得ず残存腫瘍の摘出術を試みることもあります。原則的にはお勧めできない治療法ですが、集学的治療の一つとして考慮される場合もあります。
治療の副作用
1)抗がん剤の副作用と対策
抗がん剤の副作用は、投与直後の短期的副作用と長期的副作用に分けて考えられます。
短期的副作用
食欲不振、嘔気・嘔吐などの消化器症状と、腎機能障害、耳鳴り、難聴、手指末端の知覚障害などの末梢神経障害、白血球数や血小板数の低下(骨髄抑制)や脱毛などがあります。以前はこの副作用のために投与が難しいとされてきましたが、大量の補液で尿量を多くしたり、セロトニン拮抗薬やステロイドによる制吐剤の投与などで十分に安全に行えるようになっています。
白血球は減少すると感染症に対する抵抗力が落ちるので面会を制限したり、白血球を増やす顆粒球コロニー刺激因子製剤(G-CSF)の注射をする場合が有ります。血小板減少に関しては、血小板輸血、遅れて出現する貧血に対しては、赤血球濃厚液を輸血する場合が有ります。
脱毛は必発ですが、治療終了後また生えてきます。
長期的副作用
慢性腎機能障害、末梢神経障害は永久に残ることがあります。しかし、副作用を軽減する処置を徹底することで、かなり予防することが可能です。神経障害は強くなると日常生活にも不便をきたすこともあり、抗癌剤の投与を中止することを考慮することもあり得ます。その他、二次的腫瘍(腎腫瘍、白血病)の報告もありますが、その確率は非常に低いものです。また、残った精巣における造精機能に障害をきたし、男性不妊症の原因となることもあります。
2)放射線療法の副作用
セミノーマに対して実施される放射線療法では、その総照射量は多い量ではありません。腹部大血管周囲のリンパ節に照射した場合でも、副作用はあまり重篤ではありません。照射中の全身倦怠感、食思不振、下痢、微熱なども一時的なものです。長期的副作用として、二次的消化器悪性腫瘍の発生などが報告されていますが、その頻度は高くはありません。
3)手術の副作用
原発巣の精巣の摘出は腰椎麻酔で30分前後にて終了します。一側の精巣を摘出しても、男性ホルモンのレベルおよび男性機能には影響しません。腹部大血管周囲のリンパ節に対して郭清術を施行した場合には、その後に射精障害がおこることがあります。射精障害は、射精した時の感じに変化はありませんが、精液が膀胱の中へ逆流し外に出てこない現象です。男性不妊症の原因となり、この疾患が若年者に多いため重大な問題となります。精液の逆流そのものは無害です。手術の範囲によって状況が異なり、必ず発生するとは限りませんし、その程度にも差異はあります。病気の拡がりによっては、射精機能を残すような神経温存手術も可能ですが、病気の根治との兼ね合いで手術前に十分話し合いをする必要があります。
当科における治療成績・生存率
セミノーマと非セミノーマに分けて当院の1980年以降に治療した精巣がん症例の治療成績を5年生存率にて示します。
- セミノーマでは
ステージⅠ (n=125) 100%、
ステージⅡ (n=23) 100%、
ステージⅢ (n=4) 75% - 非セミノーマでは
ステージⅠ(n=43) 97.7%、(注)
ステージⅡ(n=18) 94.2%、
ステージⅢ(n=27) 63%
(注) StageⅠの非セミノーマで亡くなられた方は術後の定期外来受診を忘れられ、3年間放置した後に転移を認め、当院へ紹介された方でした。
最後に
説明文に思い当たる症状のある方は、まずは専門医の検診を受けることをお勧めします。