脳腫瘍

脳腫瘍一般

脳腫瘍とは頭蓋骨の中に発生した腫瘍のことで、脳実質内から発生する髄内腫瘍(ずいないしゅよう)と脳を包んでいる硬膜や脳幹から顔面に分布する脳神経等から発生して脳を外から圧迫する髄外腫瘍(ずいがいしゅよう)からなります。髄内腫瘍は浸潤性で悪性腫瘍が多く、髄外腫瘍は圧迫性で良性腫瘍であることが一般的です。


良性腫瘍には成人に起こり易い髄膜腫(脳硬膜から発生)、神経鞘腫(内耳神経から発生)、下垂体腺腫(脳下垂体から発生)が多く、悪性腫瘍では神経膠腫(しんけいこうしゅ)という神経細胞の支持組織から発生する腫瘍と癌から飛んでくる転移性脳腫瘍が代表的なものです。脳腫瘍はその局在や年齢、性別等である程度腫瘍の種類(組織型)が予測されます。


脳腫瘍では、腫瘍の存在する部位によって様々な局所症状がみられます。手足の運動障害や視野障害、言語障害、記憶障害、認知機能低下、時に精神症状等も見られます。また、痙攣(けいれん)を発症する方もいます。頭蓋骨に囲まれた空間であるため、腫瘍が大きくなったり、腫瘍の周辺に脳浮腫と呼ばれるむくみを生じたり、脳脊髄液の貯留で水頭症となる事で頭蓋内圧の亢進状態となり、強い頭痛や嘔吐をきたします。


脳腫瘍の診断では、造影剤を用いた頭部CTや頭部MRIをみることでほぼ診断がつくことが多く、腫瘍の増減もそれらの検査で捉えることができるので、変化を外来でみていくことも可能です。また、脳ドック等を受けた際に、偶然脳腫瘍が見つかることも有り、無症候性脳腫瘍(神経症状のない脳腫瘍)と呼ばれ、その治療の可否には専門医と相談が必要です。


治療は良性腫瘍では摘出手術、悪性腫瘍では摘出術に加えて放射線治療や抗癌剤治療も行われます。腫瘍の摘出では、腫瘍の組織型や神経症状の程度、患者の年齢や全身状態に応じて時間をかけてもすべてを取り除くのか部分的に残すといった選択も行われます。何と言っても神経症状が残ればその後の生活に大きく影響が出る治療では有りますから、あらかじめ充分に主治医から説明をお聞きください。


悪性脳腫瘍としては


  • 神経膠腫
  • 転移性脳腫瘍
  • 髄膜癌腫症
  • 転移性頭蓋骨腫瘍
  • 悪性リンパ腫

について概説いたします。


図1:悪性脳腫瘍(髄内腫瘍)


  • 神経膠腫:左前頭葉にあるグリオーマと呼ばれる腫瘍です(赤→)。
  • 転移性脳腫瘍:右前頭葉(赤→)と右頭頂葉(黄→)に転移している腫瘍です。
  • 悪性リンパ腫:脳室近傍の右基底核部の腫瘍です(赤→)。

図1:悪性脳腫瘍(髄内腫瘍)


良性脳腫瘍としては、


  • 下垂体腺腫
  • 神経鞘腫
  • 髄膜腫

について概説いたします。


図2:良性脳腫瘍(髄外腫瘍)


  • 髄膜腫:左蝶形骨縁髄膜腫(赤→)が造影されてはっきり見えます。
  • 神経鞘腫:左小脳橋角部の神経鞘腫(赤→)で聴神経腫瘍と呼ばれています。
  • 下垂体腺腫:脳下垂体から基底槽と呼ばれる視神経交差まで増大している腫瘍(赤→)です。

図2:良性脳腫瘍(髄外腫瘍)


悪性脳腫瘍

神経膠腫

神経膠腫(グリオーマ)というのは脳原発の腫瘍で、神経支持細胞の一つのグリア細胞から由来するものです。大まかに分類すれば、星細胞腫(アストロサイトーマ)、乏突起膠腫(オリゴデンドログリオーマ)、上衣腫(エペンディモーマ)などに分けられます。分類はさらに細かく分けられますので、ここでは代表して星細胞腫について説明します。

星細胞腫はグレードという段階分類もあり、グレードIIの星細胞腫はびまん性星細胞腫、グレードIIIの退形成性星細胞腫、グレードIVの膠芽腫(グリオブラストーマ)に分けられます。グレードIIは高分化で、異型度が低く比較的緩やかな発育の腫瘍ですが、グレードIII、さらにはIVともなると低分化で異型度が高く、極めて早い発育の腫瘍となります。又、グレードIIやIIIのグリオーマはIIIやIVへ悪性転化することもあります。

このような組織学的分類の他に、近年遺伝子変異の有無も重要視されているのは、グレードIIのびまん性星細胞腫ではIDH1遺伝子変異があると予後が良いことや、1p/19q共欠失があると特定の薬剤が有効であるなどのことがわかってきているからです。膠芽腫ではIDH野生型では高齢者に多く認める一次性グレードIV星細胞腫で、IDH変異型の膠芽腫ではグレードIIやIIIからの若年成人に多い悪性転化した二次性膠芽腫であることもわかってきています。

神経膠腫の代表的なびまん性星細胞腫と膠芽腫について説明いたします。


びまん性星細胞腫(アストロサイトーマ)

若年成人に発生する大脳半球特に前頭葉に好発する星細胞腫です。大脳の皮質に発生することから、神経細胞を刺激しててんかんをきたしたり、麻痺や失語などで発症することが比較的多いようです。浸潤性に発育していくため、腫瘍境界がはっきりしないことや、大脳皮質には運動中枢や言語中枢が存在していると、その部位を摘出することが出来ないことから、全摘(腫瘍を100%取り除くこと)することができないことが少なく有りません。放射線を追加しても5年程すると再発や悪性転化し、腫瘍により神経機能が悪化して死に至ることもあります。繰り返し手術にて腫瘍の増大を抑止することもあります。

初回の治療が重要であることから、神経症状を出し易い重要領域の摘出術では、覚醒下手術や手術支援ナビゲーターシステムなど全摘を目指す工夫がなされていますが、個々の状況で治療法も異なるので、良く主治医に確認しましょう。


図3:アストロサイトーマの造影MRI。造影されない腫大した左前頭葉内側の脳皮質を認める(赤→)。


図3:アストロサイトーマの造影MRI。造影されない腫大した左前頭葉内側の脳皮質を認める


膠芽腫(グリオブラストーマ)


成人の悪性神経膠腫の代表格です。グレードIVの星細胞腫で、未分化で分裂能の高い腫瘍で、浸潤性の広がりを特徴としています。中心壊死を持ち、周囲に細胞密度の高い腫瘍増殖部が有り、偽柵状配列(シュードパリセイディング)と呼ばれる腫瘍細胞の核の並びを認めます。その周辺は脳浮腫をきたし、そこにも腫瘍細胞が浸潤しています。造影MRIで、リング状増強効果をきたす不整形の腫瘍です。

IDH遺伝子変異のない野生型は高齢者に多く、変異型は若年性のびまん性星細胞腫からの悪性転化で起こった二次性膠芽腫で有ることが多いようです。

症状は腫瘍の発現部位によって様々で、精神症状や麻痺、言語障害をきたし、てんかん発作も少なく有りません。また進行も早く、週単位で進行する悪性度の高い腫瘍なので、早めに専門病院に受診して下さい。

治療は、可能な限り摘出して、拡大局所照射2Gy(グレイ)x30回と連日テモゾロミド(抗癌剤)内服治療を行います。再発も多いため、定期的に通院していただきます。


図4:グリオブラストーマの造影頭部MRI。


  • 摘出術前:右側頭葉の中心壊死を持つ不整形に造影される腫瘍(赤→)により脳の変形をきたしている。
  • 摘出、照射、化学療法後:摘出腔(赤→)周辺にも残存腫瘍なし。
  • 再発時:摘出腔周辺に不規則な造影病変(赤→)あり、再発している。また、対側である左の側脳室にも播種している(黄→)。

図4:グリオブラストーマの造影頭部MRI


転移性脳腫瘍

いわゆる「脳転移」とよばれるもので、ここでは脳の実質にがんが転移したものを説明いたします。頭蓋骨に転移した「骨転移」は頭蓋骨腫瘍で、脳の周囲に漂う脳脊髄液に転移してきた腫瘍は「癌性髄膜炎」とか「髄膜癌腫症」と呼ばれ、脳を包む硬膜にも転移し「硬膜転移」を形成します。これらは、別の項で扱います。


転移性脳腫瘍は、多くは肺癌や乳癌が頭蓋内に転移してきたもので、当院でも肺癌由来のものが最も多く、それらは血行性に転移して、1個ないし複数個発生します。典型的なものは腫瘤形成とその周辺の広範囲な脳浮腫をきたし、その部位における神経症状を起こします。左前頭葉の運動領と呼ばれる運動神経細胞の集まるところでは、腫瘍や浮腫により右手足の運動麻痺を起こします。また右後頭葉では左側半分の視野の障害をきたす半盲と呼ばれる神経症状を呈することとなります。脳卒中と異なり、これらの神経症状は、時間とともに目立ってきて、日常生活に影響を出すことから、早めに気づくことも出来ますが、気のせいかと思ったとか、寝ればなおるかと思ったなどと遅れて受診される場合も少なく有りません。

肺癌の初診では必ずステージを決めるために脳転移の有無を造影MRIで確認しますが、他の癌種では癌の診断早期に脳転移となる事は少ないため、神経症症状が出てはじめて脳転移の診断をすることになります。

転移性脳腫瘍の診断は、頭部造影CTもしくは頭部造影MRIで行われます。撮像スライスが薄いほど検出が高くなり、小さな腫瘍でも見つかります。もちろん造影剤は使わなくとも脳腫瘍があるとか、浮腫があるといったことはわかりますが、隣り合う2個の腫瘍があるとか、小さな腫瘍も含めていくつあるかなどの情報は造影剤の使用が必須です。

転移性脳腫瘍の治療では、大きな腫瘍(目安は直径3cm)や急速に症状が進んでいるものでは、全身麻酔による摘出術が適応となりますが、大きくても嚢胞性と呼ばれる水たまりのある腫瘍では局所麻酔で、オンマイヤリザーバーと呼ばれるシリコン性のチューブを入れてそのたまった液体を引く方法もあります。また、腫瘍の個数が多ければ(目安として5つ以上)、脳全体にかける全脳照射を10回(2週間で)かけますし、4個以下なら腫瘍だけに放射線をかける定位放射線治療を3〜5回かけます。全脳照射は数年後に晩期障害としての認知機能低下などが起こることがあるため、病巣が広がっているか症状の進行が早い時に選択されます。また、転移性脳腫瘍でも分子標的薬や抗がん剤が有効なものもあるため、治療選択は十分状況を判断して決定する必要があります。ご自身で治療を選ぶのではなくて、私たちにご相談いただければと思います。


図5:転移性脳腫瘍3例の造影頭部MRI。


  • 小脳虫部の5㎜径の小結節性転移巣(赤→)。無症候。
  • 左前頭葉の15㎜径の充実性転移巣(赤→)と周辺の著明な脳浮腫があり。言語障害を認めた。
  • 左前頭葉に45㎜径の大きな嚢胞性転移巣(赤→)と脳浮腫により脳の変形、圧排あり。認知症状を呈していた。

図5:転移性脳腫瘍3例の造影頭部MRI


図6:穿頭術と開頭術。


  • 穿頭術:局所麻酔で頭皮を5cm程切開し、1.5cmの頭蓋骨の穴(赤→)をあけて手術する方法。
  • 開頭術:全身麻酔で頭皮を大きく切開し(赤→)、頭蓋骨の窓を作って、硬膜を切開して脳を露出させて手術する方法。

図6:穿頭術と開頭術

 

図7:オンマイヤリザーバー設置術。


  • 穿頭術を行い、ナビゲーターを用いて脳内にチューブ(赤→)を挿入する。
  • 頭皮から脳内の嚢胞に留置されたオンマイヤリザーバー(赤→)のイメージ図。

図7:オンマイヤリザーバー設置術


髄膜癌腫症

癌性髄膜炎とも呼ばれるこの疾患は、脳脊髄液腔に腫瘍の増殖が起こったもので、肺癌や乳癌などの治療中に様々な脳の症状で発症します。これまで頭痛、嘔吐、項部硬直(首が硬くなり突っ張るような感じ)を特徴とする髄膜刺激症状(脳脊髄を包むくも膜や硬膜の炎症による症状)を主体として捉えている教科書も多いのですが、それ以外にも髄液腔の癌細胞により脳脊髄液の吸収障害による水頭症(脳脊髄液の貯留による脳圧亢進状態)で、頭痛や嘔気、目のかすみといった症状が前面に出てくることも有ります。また、難聴や複視(ものが二重にみえる)といった顔周りの脳由来の症状を呈する脳神経障害、脊髄の症状としての坐骨神経痛や歩行障害、失禁といった症状をきたすことも有ります。重篤になればてんかんや意識障害、精神症状など広汎な脳の症状も出てきますから、重症な癌の中枢神経系合併症です。

診断はCT、MRIといった画像では初期の段階では捉えにくいことも多く、腰椎穿刺による髄液検査が決め手となる事が少なくありません。癌治療中で、化学療法を行っていないとか普段の副作用と違う頭痛や吐き気があるといった時に、このような病態を疑って検査をしています。

治療法は、肺癌やメラノーマの一部の組織型であれば抗癌剤や分子標的薬が有効な場合があります。そうでない症例では病態にあう症状緩和のための全脳照射、髄注化学療法、腰椎ドレナージなどによる水頭症管理などが行われています。

いずれにしても、癌治療における重大な脳神経系の合併症で、日常生活のさまたげとなる病態なので、主治医や当科に相談して下さい。


図8:髄膜癌腫症の造影頭部MRIと脊髄MRI。


  • 頭部MRI:小脳の溝に沿った線状の造影(赤→)は脳脊髄液内に散らばった癌細胞により脳表が炎症を起こしたもので、脳幹周囲にも線状の造影(黄→)を認める。
  • 脊髄MRI:頚髄の表面に造影される癌の固まり(赤→)をいくつか認める。

図8:髄膜癌腫症の造影頭部MRIと脊髄MRI


転移性頭蓋骨腫瘍

頭蓋骨転移は、肺癌、乳癌、甲状腺癌、前立腺癌などで多く認められる合併症です。頭蓋冠(頭蓋骨の上部)と呼ばれるところでは、無症候のことが多く、発見機転でも腫瘤形成(頭にこぶが出来てきたなどの表現で受診されることがあります)などを訴えることもあります。一方、頭蓋底(頭蓋骨の下方で、顔面を形成する部分)では、脳神経障害と呼ばれる症状を呈することが多いのが特徴です。眼窩周辺では複視(ものが二重にみえる)を訴えます。顔の運動障害は顔面神経麻痺、顔の感覚障害(しびれやビリビリ感)は三叉神経障害、難聴は内耳神経障害と考えられます。口回りの症状で呂律が回らないことや嚥下障害なら迷走神経や舌咽神経障害で、舌が曲がってきたなどの訴えでは舌下神経障害が出現していると判断します。それぞれの神経の通過する骨の穴が癌の転移巣で圧迫や破壊されて症状を出しているので、放射線治療などで神経症状を緩和させることが可能です。

癌治療の評価で骨転移を全身に認める場合には、アイソトープで転移巣の評価をするので、頭蓋骨に転移を認める場合には上記のような神経の症状に注意する必要があるでしょう。

甲状腺癌などの骨転移では頭蓋骨破壊による骨欠損と腫瘤形成を認めることから、頭部表面の痛みや頭皮下腫瘤で分かる場合があります。前立腺癌などの骨転移では骨形成により局所の硬い腫瘤形成や硬膜浸潤で頭蓋内血腫や神経症状を出すこともあります。乳癌ではその両者の性格を併せ持ち、様々な頭蓋骨転移をきたします。

治療としては放射線治療を選ぶことが多いのですが、大きな腫瘤形成では摘出することも可能です。主治医と相談して当科に受診してください。


図9:転移性頭蓋骨腫瘍の頭部CT。


  • 冠状断で、左頭頂骨の破壊を伴う腫瘤形成(赤→)を認める。
  • 同じ症例の水平断。頭蓋骨腫瘍が骨の内側と外側に張り出している。

図9:転移性頭蓋骨腫瘍の頭部CT


中枢神経系悪性リンパ腫

脳には他の部位と違ってリンパ系組織はないのですが、頭蓋内にも悪性リンパ腫は発生します。中枢神経原発悪性リンパ腫と、全身性リンパ腫の中枢神経浸潤による転移のものが発生します。後者では、他の部位でのリンパ腫で神経症状をきたして放射線治療しますし、脳に飛び易いリンパ腫では予防的髄注といって腰椎穿刺や脳室に留置したオンマイヤリザーバーから抗癌剤やステロイドを注入することもあります。

中枢神経原発悪性リンパ腫はB細胞性非ホジキンリンパ腫という分類に属するものがほとんどです。統計によると50−70歳、男性に多いのですが、免疫不全に合併することでも知られています。

発生は脳表や脳室周辺の髄液近傍に出来易いことが特徴です。精神症状や麻痺などで発症します。急速に大きくなるため、頭蓋内圧亢進症状(頭痛、嘔吐、目のかすみ)で分かる場合も少なくありません。

MRIで、均一に造影される不整形な形状が診断の一助となりますが、画像で診断がつかない場合は血液マーカーで転移ではIL-2Rが、原発ではβ2MGといったものが上昇していることでもこの疾患を疑わせます。

生検で確認する必要がありますが、その際にこの病気を念頭に置かないで全摘出術を行うと必要以上に脳へのダメージを与えてしまう場合があることと、播種のリスクを上げてしまうことから、術中の迅速診断は予定しておくべきでしょう。また、脳浮腫の強い例でステロイドを術前に用いると、術中には画像診断時より縮小している場合があり、注意を要します。

治療法は大量メソトレキセート療法と全脳照射が基本です。近年、高齢の患者も多く、化学療法が困難な症例も少なくありませんが、放射線治療の感受性の高い腫瘍で、神経症状を早く回復させうるものですので、治療を受けるべきでしょう。ただ、再発も少なくなく、悪性腫瘍であることには間違いありませんので、主治医と良く治療やケアについてご相談ください。


図10:悪性リンパ腫3症例の造影頭部MRI。


  • 右頭頂葉から脳梁膨大部にかけての腫瘍(赤→)。
  • 脳梁に沿って両側前頭葉に浸潤する腫瘍(赤→)。
  • 左前頭葉(赤→)と左側頭葉(黄→)の2ヶ所の腫瘍。

図10:悪性リンパ腫3症例の造影頭部MRI


良性脳腫瘍

下垂体腺腫

脳下垂体は視神経交差から下方に向かってサクランボのように垂れ下がるホルモンを産生する場です。成長ホルモン、副腎皮質刺激ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、プロラクチン、性腺刺激ホルモンなどを分泌します。

下垂体腺腫は、脳下垂体にできる腫瘍で、ホルモンを分泌させる腫瘍(機能性腺腫)とホルモン分泌をしない非機能腺腫に分けられます。前者は小さくともホルモン過剰症状を呈するため、成長ホルモンならば末端肥大症に、乳汁漏出ホルモン(プロラクチン)ならば、無月経や乳汁分泌を、副腎皮質刺激ホルモンならばクッシング病を、甲状腺刺激ホルモンならば甲状腺機能亢進症状をきたすこととなります。一方、後者では腫瘍は大きくなると、下垂体前葉を圧迫して下垂体機能低下症をきたすか、上方に突出して視神経を圧迫し視力障害や視野障害をきたします。

治療ですが、脳下垂体では独特な手術療法が確立されています。それは、内視鏡を用いて、鼻腔から蝶形骨洞という副鼻腔に入って、その上壁を開放すると下垂体に到達するため、脳を経由せず下垂体腺腫を摘出することが可能となります。侵襲として少ないことから、術後の疼痛や全身への影響がなく治療を終えることが利点です。経蝶形骨洞手術(ハーディ手術)と呼ばれています。ただし、腫瘍が上方へ大きく進展している例では、開頭術で行う場合もあります。プロラクチン産生腫瘍や成長ホルモン産生腫瘍では薬物療法もあります。手術が困難な場合では放射線治療を選択することもあります。

癌治療の現場では、脳転移のスクリーニング検査で偶然下垂体腺腫が見つかる場合もありますし、髄膜癌腫症で下垂体に転移巣が認められる場合や免疫チェックポイント阻害薬での副作用としての下垂体炎でも鑑別が必要なこともあります。ぜひ当科へお尋ねください。


図11:脳下垂体の造影頭部MRI矢状断(横から見た図で、向かって左が前方)。


  • 正常下垂体(黄→)。造影されている。
  • 下垂体腺腫が上方に突出した非機能性腺腫(赤→)。
  • 下垂体内の機能性腺腫。造影が薄くなっている(赤→)。

図11:脳下垂体の造影頭部MRI矢状断(横から見た図で、向かって左が前方)


神経鞘腫

神経鞘腫は脳神経由来の腫瘍化したもので、ほとんどが内耳神経から発生する聴神経腫瘍です。まれに三叉神経鞘腫や顔面神経鞘腫といったものもあります。聴神経腫瘍(聴神経鞘腫)は難聴や耳鳴を初発症状として認める中年女性に多い、良性の脳腫瘍です。通常発見時には内耳道から小脳に向かって腫瘤が張り出してオタマジャクシ型の腫瘍として画像上認めることが多いものですが、時に内耳道内に限局しているものや、小脳を圧迫して脳幹部(特に脳橋)を変形させるとともに水頭症をきたすこともあります。

治療は腫瘍の大きさと神経症状の有無を考慮して、全身麻酔による摘出術か、定位放射線治療を選択しますが、癌治療中とか年齢といった状況も考慮して経過観察することの方が当院では多いです。手術治療は大きいもので神経症状を呈しているものに行われますが、聴覚障害が良くならない場合や顔面神経麻痺を合併する場合もあります。

神経症状と画像上の性状、患者の年齢、合併症の有無などを総合的に判断して経過観察で良いか、その期間はどのくらい間隔でみていけば良いかなどの要素であり、当科に受診してご相談ください。


図12:神経鞘腫(聴神経腫瘍)2例の造影頭部MRI。


  • 左内耳道から小脳橋角部に存在する腫瘍(赤→)。
  • 両側の聴神経腫瘍が存在する神経線維腫症。右の腫瘍(赤→)の方が左の腫瘍(黄→)より増大している。

図12:神経鞘腫(聴神経腫瘍)2例の造影頭部MRI


髄膜腫

良性腫瘍の代表格ともいうべき腫瘍で、くも膜と硬膜という脳を包む髄膜とも呼ばれる組織から由来する良性腫瘍が髄膜腫です。中年以降の女性に多い傾向がありますが、男性にも認められます。また、癌治療の現場では、脳転移を探す場合にとったCTやMRIで偶然無症候の髄膜腫を認める場合も少なくありません。少しずつ増大することから、かなり大きくなるまでは症状を出さないこともあります。

脳のあらゆる場所に発生するため、症状はできる部位によって異なりますが、頭痛やてんかん発作などで発症することもあります。ひとたび脳の症状が出れば、徐々にはっきりしてきますし、画像(頭部CTやMRI)ですぐに診断は可能です。

放射線の感受性は高くはないので、治療は手術による摘出が基本です。ただ、部位により大きさと神経症状によって治療の可否や損得、メリットデメリットといったことが関わる大問題ですので、個々の事例でよく相談しましょう。

良性腫瘍であり、脳に接しているところ以外は脳の外の病変でもあり、全摘出術は可能ですが、危険な場所(血管を巻き込んでいるとか、言語領近傍で、大きな後遺障害を残したくない)とか、手術時間が長引くのは高齢でもありリスクが高いといった場合ではあえて残す部分があっても良いという選択もできますので、十分な術前計画を立てることも必要です。

また再発で3cm以下の小さな腫瘍に定位放射線治療を行う場合もあります。主治医にご相談ください。


図13:左蝶形骨縁髄膜腫の画像比較。


  • 頭部CT(非造影):左前頭葉と側頭葉に脳浮腫を認め、脳の変形を認める。腫瘍と脳の区別はつかない。
  • 頭部CT(造影):腫瘍は強く造影され、脳と区別される。
  • 頭部MRI(非造影):腫瘍と脳の境界がはっきりわかり、周囲の脳の構造の変形、圧迫が鮮明。
  • 頭部MRI(造影):腫瘍はしっかりと造影されてみえている。

図13:左蝶形骨縁髄膜腫の画像比較


図14:髄膜腫2症例の造影頭部MRI。


  • 左前頭葉円蓋部髄膜腫(赤→)。無症候。
  • 前頭蓋底嗅窩部髄膜腫(赤→)。嗅覚障害で発症。

図14:髄膜腫2症例の造影頭部MRI