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脳血管障害
通常の脳血管障害
脳の血管の閉塞で起こる神経症状が発症した場合は脳梗塞であり、脳血管の破綻による脳の出血は脳出血で、脳動脈瘤の破裂による髄液腔内の出血をくも膜下出血といいます。いずれも急速に神経の症状を呈し、激しい時には意識障害を起こすこともあります。これらは脳卒中と呼ばれる病態で、急いで治療を受ける必要があります。多くは言語障害(呂律不良や言葉を発せられない失語症など)や左または右の手足の運動障害による片麻痺といった症状が突然起こります。寝ていて朝起きたらそうなっている場合もあり、すでに何時間かすぎている場合もあります。脳梗塞では発症4時間半以内にtPA(組織プラスミノーゲンアクティベータ)治療が行われたならば神経症状が回復する場合もあるため、初動は急ぐ必要があります。救急車で最寄りの脳卒中センターに行く必要があります。
一方、脳血管に出血をきたしていない脳動脈瘤があるとか、一過性脳虚血発作があったとか、神経症状を呈していない脳の血管に起因する病態を持っている状態も含めて脳血管障害として脳外科で経過を見られている患者様も大勢いらっしゃいます。脳の症状が重い場合には日常生活が奪われ、またご家族も多大なる影響を受けることから、十分に注意して予防して行くことが望まれます。
当院では癌治療の現場でもありますから、脳卒中の場合に救急搬送されてくることはありませんが、入院中の手術後に発症した脳卒中や化学療法中に起こる凝固異常から発症する多発脳血栓(次のがんに伴う脳梗塞で説明いたします)の場合には、上記に説明したtPA治療が使えませんので、速やかに診断し、脳保護剤や抗凝固薬、抗血小板薬などを用いて治療を行なっています。
一般に脳出血は部位によって分類され、大脳基底核(外側では被殻出血、内側では視床出血)、大脳皮質下出血、脳幹出血、小脳出血に分類され、多くは高血圧により動脈硬化や糖尿病による脆い脳血管の破綻によって生じるものですが、がん治療の現場では抗がん剤や放射線治療、腫瘍の転移巣から腫瘍内出血として起こることもあります。精神症状や失語、麻痺などをきたす場合もあるので、出血を助長させないよう血圧や脳圧管理を行います。腫瘍による場合は放射線治療を行うこともあります。
脳梗塞では、心房細動などにより心臓内の血栓が脳血管を閉じてしまう脳塞栓と脳の血管の動脈硬化などで細い血管が血栓で閉じてしまうようなアテローム血栓性脳梗塞やラクナ梗塞というタイプの脳梗塞に分けられ、前者では抗凝固薬(こうぎょうこやく)が、後者では抗血小板薬(こうけっしょうばんやく)が急性期から用いられます。発症して3週間は急性期であり、再発を防止しつつリハビリテーションを行うこととなり、その後は回復期リハビリテーションで日常生活に少しでも戻れるよう訓練する時期となります。当院では急性期を担当し、その後回復期リハビリテーションのできる病院へ転院していただくような連携をとらせていただいております。
くも膜下出血は急速に発症する強く、これまで経験したことのないような頭痛で発症し、激しい場合には意識障害もきたす怖い疾患です。動脈瘤を見つけて再出血しないように開頭術でクリッピングするか、脳血管内治療によるコイル塞栓術などが行われます。当院ではくも膜下出血の診断が行われた場合には、すぐに血圧を低く抑えるとともに鎮静してすみやかに脳卒中センターへ搬送しています。
図15:頭蓋内出血の4症例の頭部CT
- 右被殻出血(赤→)。強い左片麻痺をきたす。
- 右視床出血(赤→)。脳室内にも広がっている(黄→)。
- 左小脳出血(赤→)。めまい、嘔吐と頭痛で発症。
- くも膜下出血(赤→)。脳内の出血ではなく、脳表の髄液内に出血が広がる。
図16:脳梗塞2症例の頭部MRI/拡散強調画像。
- ラクナ梗塞(赤→)と呼ばれる小さな梗塞巣。右不全麻痺で発症。
- 右中大脳動脈領域(赤→)に広い梗塞巣あり。強い片麻痺と意識障害で発症。
トルーソー症候群(がんに伴う脳梗塞)
癌患者は凝固異常をきたしやすいことがわかっており、地震などの避難所で見られる深部静脈血栓症などは手術や化学療法の際にもしばしば認められます。最近では、がんに伴う脳梗塞を、トルーソー症候群と呼んでおり、癌で血栓症が起こる際に脳組織には全身のどこよりも早く血栓症が起きやすいことがわかってきました。また、脳の画像検査における頭部MRIでは拡散強調画像を撮ることでわずか数㎜の血栓を捉えることが可能であるため、容易に診断されるようになったことも大きな要因です。
さらに、血液検査で血栓の指標であるDダイマーが高ければ診断は確実となります。
通常の脳梗塞が突然の発症で片側の手足の脱力(片麻痺)と呂律不良を特徴とするのに対して、トルーソー症候群では手だけが重いとか、足だけ動きが悪いと言った単麻痺とよばれる症状や、計算ができない(失算)とか服に腕が通せない(着衣失行と言います)などといった様々な症状を呈します。また症状を繰り返す場合や、次々と症状が変化する場合もトルーソー症候群の特徴と言えます。
膵臓癌や卵巣癌ではよく認められますし、化学療法や感染、貧血などがあった後には起こりやすいこともわかってきています。
トルーソー症候群の治療ですが、通常の脳梗塞で使われるヘパリンやワーファリンといった薬の反応性は悪く、経口抗凝固薬が使えれば血栓化をある程度抑えることができます。しかし、癌の進行や感染症などの悪化が見られる例では、血小板が減少し、敗血症や多臓器不全といった病態が進行して生命の危険すら生じますので、診断や支持療法をよく主治医と相談しましょう。
図17:トルーソー症候群の頭部MRI/拡散強調画像。
- 小脳や側頭葉に多数の小さな梗塞巣(赤→)を認める。
- このスライスでも多発する小梗塞巣(赤→)があり、さらに左前頭葉と基底核部に広い梗塞巣(黄→)もある。
- 小さな梗塞巣(赤→)は内側からの血流と外側からの血流の合流する分水嶺と呼ばれる中間に並んで認める傾向がある。